禅語 喫茶去(きっさこ)
茶道をしていて「喫茶去」という禅語は茶会などで時々みかける。
先月、お寺の住職に会った時にこの禅語のことを聞いてみた。禅宗とはとにかく”こだわらない”というのが教えであって、これが答えだという答えもないそう。
いろんな解釈があるから。
言葉どおり、まぁ(こだわらず)茶でものんで次へ
わざわざそれをかいているってのがなんか不思議な気分。それもお釜にその文字をみるときもある。
今の私的解釈は”まぁいろいろあるわね、茶のんで一息ついてがんばってや~”ってことにしとこう。
その時のお部屋にかけてあった禅語は「直心是道場」じきしんこれどうじょう 、ふと心にひびきます。
う~む。
そしてその部屋にもう一つあったのが「枕流亭」昔海の側のこの寺に訪れた和尚が直筆したいう書。
寝てる時に外で波の音がして、今にも波が押し寄せてきて枕ごと波で流されてしまうような気がする庵の名は・・・「沈流亭」と書かれたようでして。素っっ直すぎるし・・・それを書き留めてる和尚の姿、なんか笑えますね。
これを見て人間ってものはぐらぐらしとってもええんや~っと開き直ったり、・・・?